2007年11月06日

ダイハツ・ミゼット

『三丁目の夕日』の続編が公開になったからというわけではないが、ミゼットの話。

親父が商売を営んでいたので子供の頃の我が家にはミゼットがあった。
我が家にあったミゼットは荷台がトラック型のMP5というモデル。
お袋の話では私が生まれる前には黄色と赤のツートンのミゼットもあったらしい。
今思うと黄色と赤なんて配色のミゼットはかなりポップ。
何故かグロリアのステーション・ワゴンも玄関の横に駐車していたが、乗った記憶が全くない。
きっとその形が霊柩車っぽかったので潜在的に記憶を消していたのだろうか。

ミゼットの運転席にはもちろん親父が座り、助手席には赤子だった妹を抱えたお袋が乗車していた。
私は親父とお袋の間に座っていたのだが、ミゼットが2人乗りだった為、警官を見つける度に「しゃがめ」と親父に促された。
いくら子供とはいえミゼットの車内はとっても狭かったので、床から長く生えていたシフトノブによく頭をぶつけたものだ。

記憶の中にあるミゼットのインパネの操作レバーは、ヒーター、ワイパー、チョークだけの本当にシンプルなもの。
ヒーターやワイパーは親父がよく操作していたので何をするものかを子供の自分でも理解できたが、
チョークは全く見当がつかなかった。
なので走っている間にチョークレバーを何度か引っ張ってみた事がある。
チョークを引っ張っても別段ミゼットがどうなるわけではなかったが、その代わりに親父に怒鳴られた。
チョークを引っ張る→親父が怒鳴る、という方程式が面白くて何度も怒鳴られた。
と考えるとチョークがなくなった最近の車は、ちょっと寂しいかも。

車で遠出する前の日などにはよくエンジンプラグを磨かせられた。
金ブラシでゴシゴシするのだが、いつも要領を得ないので汚れが飛び散り顔中細かな黒い斑点だらけになった。
奇麗になったプラグを差し込んでエンジン回すと、子供の私でもエンジンの音が軽くなるのが分かった。
後年自分で買った中古のワーゲン・ジェッタで同じ事をしようとしたが、
スカスカのミゼットのエンジンとは違い、ジェッタのエンジンは頑丈そのもので、素人がやるもんじゃないと断念した事がある。

こんな話を知人に話したら、その知人経由でTime社オーナーのTさんからミゼットのミニカーを頂いた。



2〜3度お会いした事のあるこのTさんはとても酔狂な方で、以前在籍していたミニカー工房での最初の作品が、なんと1964年に初めてホンダがF1に参戦した時のF1カーを運ぶボルボ(orメルセデス?)のトラックだった。
そんなTさんが作るミニカーはとても評判がいいようで、既に1万セット販売しているらしい。
新宿ヨドバシのホビー館等でも扱っているようなので、興味のある方はどうぞ。


こちらは来年10年目を迎える我が家の小さなサイズのランチア初代イプシロン。
自分の車選びに子供の頃のミゼットが影響している事を、ミゼットのミニカーを頂いてやっと気がついた。
posted by 愛し恋し青赤 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) |
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