2007年10月03日

セレソンがNikeを着ていられるのは鬼塚さんのおかげ

先月末、鬼塚喜八郎・アシックス会長が死去した。

詳細はこちらで。(これを読むと当時のNikeという会社は・・・)

現在、東京でアシックスを愛用しているのは青に赤のライン(イン側だけ)の憂太だけだが、
東京オリンピック等日本の歴史的スポーツシーンの中に必ずと言っていい程アシックス Onitsuka Tiger はあった。
メキシコオリンピックの釜本さんもOnitsuka Tigerだったのでは、覚えていないけれど。
カリオカも日本リーグ時代から黒に黄色のラインのOnitsuka Tigerだったよな。

現在の世界のフットボーラーにアシックスを広めたのはベロンだろう。
2002年仙台で予選リーグ敗退が決定して翌日帰国の途につくアルゼンチン代表。
その流れから一人だけ外れて、メモをたよりに宿舎近くのローカル線の無人駅から列車を乗り継いで神戸のアシックス研究所に向かったベロン。
ベロンがいい人という事もあるのだが、よれよりなにより、アシックスという会社の社風がベロンにそうさせたのかとnumberのこの記事を読んで思った。
この記事でもっと印象的だったのが、
早朝の無人駅ホームにボストンバック一つを手に提げて立つベロンとおしゃべりに余念がない女子学生達が映っていた写真。

体育会系だった中学・高校時代、私にとってOnitsuka Tigerは高嶺の花だったけれど、
通販生活に掲載されているウォーキングシューズが最近気になっている。

ご冥福をお祈り致します。
posted by 愛し恋し青赤 at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 四方山話